伝説:マベツの伝次

2015年10月22日

伝説
マベツの伝次

むかし、マベツ川の上流に伝次という豪族がいた。伝次は日頃飼いならした名馬「俊涼」をたいそう可愛がっていた。そのため近所の人達は彼を「黒馬伝次」と呼んでいた。

伝次は三戸の長者の娘「小夜」と一緒になったが、わがままな小夜は田舎暮らしを嫌い、実家に帰ってしまった。

ある年、伝次は殿様の伯楽として召しだされた。伝次の馬を扱う勝れた技は、並みいる人々を驚嘆させる素晴らしいものだった。それからは毎年殿様の調馬師として召しだされた。

殿様に仕えている侍女に小波という娘があったが、いつしか伝次と、憎からず思う仲になっていった。伝次は小波を知ってから急に快活になり、世の中が明るくなったようにさえ思われた。小波はおとなしく優しい娘だった。妻のある男を恋する苦しみに耐え悲しみながらも、どうしても思いきることが出来なかった。

翌年の春、小波は伝次について畑の屋敷に来た。小夜と小波のあつれき、いや、あつれきというよりは、小夜が小波を虐待することはとてもひどく、手段を選ばぬといった有り様であった。

ある日、小夜は要件にかこつけて伝次を三戸へやった。そしてその留守中に、蝮を一杯入れた長持ちの中に小波を入れてマベツ川に流した。長持ちは川下に流れないで畑の付近を、七日七夜も上がったり下がったりしていた。

やがて伝次が帰ってみると、愛する小波の姿がみえないのでみんなに聞いてみたが、誰もその行方はわからなかった。思案に余った伝次は、自分が大変可愛がっていた愛馬の俊涼を厩から引き出し、「俊涼よ、おまえは畜生とはいえ賢い馬だ。日頃俺がどれほどおまえを可愛がっているか、知ってくれているはずだなあ。一生一度のお願いだから、小波の居場所を教えておくれ」と、人にものを言うようにして頼んだ。

俊涼は悲しい目つきをして、二、三度微かに嘶くとすぐに伝次の袖をくわえて、畑の上流の淵まで行った。

淵の向こう側には小波が髪を洗っていた。伝次が呼ぶとニッコリ笑って見せたが、すぐ淵の漣に消えてしまった。

伝次は悲しみのあまり、小波を追ってその淵へ・・・・・。

それを見た俊涼は、一声嘶くと家の方向へ全速力で駆けていき、小夜を蹴殺し自分もその淵に入って二度と浮いてこなかった。

それから、誰言うとなくその淵を「馬淵」と呼び「馬淵川」と言うようになった。

何百年か経った明治の少し前、ある村人が「馬淵」で髪を洗っている女を見たという。女は小波の霊で、このことは決して他言しないでくれと言った。村人は約束を守っていたが数年経ってから、野良仕事をしながら何げなく話してしまったという。

その晩、その村人は死んでいた、胸に馬の足跡がついていたという。