歴史・沿革

2015年10月22日

 町の起源は明らかではないが、昭和60年に発掘された泥這遺跡から約13,000年前の旧石器時代の住居跡や石斧を発見、馬淵川とその支流に臨む丘陵地で縄文式土器が多数確認されており、高度な縄文文化が開花していたことが想像される。歴史に現れる天正年間(1573年~1592年)には、この地方を葛巻氏が領有していたが、同氏は九戸戦争の功により現在の岩手町一方井に移り、葛巻城は破却され南部氏の領有するところになった。その後、寛文5年南部藩から分藩した八戸南部氏の有するところとなり、明治に至る。

 明治の廃藩置県の後、幾多の変遷を経て昭和30年7月15日に岩手郡葛巻町、同江刈村、二戸郡田部村が合併し、岩手郡葛巻町として現在に至る。

 町には、古くから牧が作られ、軍馬の産地として知られており、江戸時代には南部藩の塩が運ばれた野田街道の宿場町として栄えた。町の基幹産業である酪農は、明治25年にホルスタイン種を導入して以来、先人のたゆまぬ努力により幾多の苦難を乗り越え、110年を超える輝かしい歴史を刻み、現在では東北一の酪農郷として発展を遂げている。